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zoom RSS 2016年日本近代文学会関西支部秋季大会 発表要旨

<<   作成日時 : 2016/09/27 12:13   >>

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〔自由発表要旨〕

三島由紀夫『潮騒』論――初江に着目して――
福田 涼

三島由紀夫『潮騒』(昭和二十九年六月)は、戦後を代表する青春恋愛小説の一つとして知られている。「神話的で原初的なもの」(佐藤秀明)として叙述される新治と初江の恋愛譚は、一面「通俗的」でありつつもなお「美的」(同前)なのとして、広く受け容れられてきたと言えよう。しかし、『潮騒』の語り手が「新治と初江とを対称に扱うのではなく、二人の愛をあくまでも主人公新治に即して形作っている」(梶尾文武)ことは無視できない。語りの焦点が初江の内面に置れる場面は限られており、彼女の詳しい生い立ちや学歴、更には年齢さえも明らかにされない。このような語りの姿勢からは、初江の稚さを強調し、彼女の内面をいわばブラックボックス化しようとする語り手の作為が垣間見えるのではないか。このことを踏まえて、本発表では、これまで考察の対象から除外されがちであった初江に着目して分析すること
で、一篇が本来備えている奥行が、語り手によって殊更に演出される「神話的」な結構の下で隠蔽・朧化されていることを明らかにする。具体的には、細部の叙述に改めて目を配ることで、『潮騒』という小説が、父=家の意志に抵抗する「智恵者」の初江が主体的に伴侶を選択した話として読まれ得るだけの空白を残していることを論証する。
本発表での考察を通して、『潮騒』の新たな読解を提示するとともに、所謂「古典主義」時代における三島の小説作法を再検証する為の端緒を開きたい。

司馬遼太郎「世に棲む日日」と本当らしさ
森 瑠偉

司馬遼太郎の「世に棲む日日」は、一九六九年二月から一九七〇年一二月まで『週刊朝日』に連載され、前半部は吉田松陰を主人公に、後半部は高杉晋作を主人公に書かれた小説である。松本健一は、司馬遼太郎の小説について四期に分類している。一九六〇年代末から一九七〇年代を「歴史小説」と分類しており、本発表で取り扱う「世に棲む日日」は「歴史小説」に分類される。「歴史を舞台にしたヒーロー小説」と「歴史小説」とを区分する理由について「歴史を事実において捉える度合いが大きくなっている」ことを松本は挙げており、作品を書く際に用いた典拠の記述がどのように作品に描かれているかを分類の論拠としているのである。しかし、実際に作品をよむ読者は、どれほど典拠や歴史的史料の記述を意識して読むだろうか。つまり、司馬遼太郎の小説が「歴史小説」として扱われている要素の一つとして、典拠との関係を問うだけでは松本の分類は不十分であり、その叙述自体の持つ本当らしさについて分析を行う必要がある。
そこで本発表では、「世に棲む日日」の前半部の吉田松陰について書かれた部分を取り上げ、作品で行われる歴史の提示方法について分析を行う。「世に棲む日日」においては、典拠の存在は必ずしも明示されない。玖村敏雄による「吉田松陰傳」(『吉田松陰全集第一巻』所収)や斉藤鹿三郎の『吉田松陰正史』の記述を基に作品は書かれているが、その存在は提示されないのである。一方で、吉田松陰自身が残した書簡や日記類については、その記述によっていたことが記されている。さらに、聞き書きの場合は、その情報源とともに作品内で提示され、「筆者」が行った調査の場合は「筆者」の存在も作品内で示される。つまり、歴史研究を直接参照しない、新たな調査であるような歴史像を提示していると言えよう。このような歴史の提示方法を用いて、「世に棲む日日」では歴史研究と立脚点の異なる本当らしさを確保しているのである。

目取真俊『面影と連れて』論――美化される被害への抗いについて――
栗山 雄佑

本発表では、目取真俊『面影と連れて』(一九九九年)より、登場する主人公の女性が作中の周囲の人物に解釈されることへの女性の疑義と諦念を中心に、作中の人物や先行研究が行う主人公の美化について考察を行う。作品には、集団性暴力を受け殺害された主人公に残された身体の傷跡、死の直前につぶやく「もういいよ」との言葉が描かれる。この主人公について、池澤夏樹等から主人公を「あはれ」と美化し、現在の沖縄の状況と重ね合わせる読解が提起された。しかし、先行論による主人公を沖縄全体の被害に重ね合わせて語ることには疑問が残る。作品は、一九七五年のひめゆりの塔における現天皇夫妻への火炎瓶投擲を背景とする。この場所より、ひめゆりの乙女と主人公の共通点が指摘できる。新川明は、沖縄戦後におけるひめゆりの乙女の可憐さの強調と被害の美化について警鐘を鳴らした。この指摘を踏まえると、主人公を「切なくて苦しい語り」、「幻想的」と語ることは、ひめゆりの乙女に対する美化表象と同じ轍を踏むことになるのではないか。主人公の「もういいよ」という応答は、自らの意志に反し「沖縄の女性の被害」と解釈されることへの諦念と捉えることが可能ではないだろうか。このように読み替えたとき、作品が沖縄において主人公を含む女性の被害が作中及び現実にて「あはれ」と美化されることに対する疑念と、抗いが不可能という諦念を主人公に抱かせる暴力性の問題を示す作品であると提示したい。

〔連続企画第三回 趣旨〕
光源としての『大阪朝日新聞神戸附録』――神戸モダニズムを問いなおす――

私たち神戸近代文化研究会は、主にモダニズムという視点からなされてきた海港都市神戸の文化についての考察を、一般市民の生活や芸能や大衆演劇などの存在を踏まえ、より多層的な視点から捉えなおすことを目的として現在活動中である(二〇〇九年活動開始、二〇一五年度から科研費基盤C〔代表者・箕野聡子〕)。具体的には、一九二〇年代の『大阪朝日新聞神戸附録』(『大阪朝日新聞神戸版』)の文化記事のPDF化・データベース化を進めており、文学・美術・映画・演劇・芸能・建築・労働運動などのジャンルを立て、文化の背景にあるコンテクストに対して考察を加えている。このような本研究会の動向は日本近代文学会関西支部の連続企画「《異(い)》なる関西」の趣旨とも相通ずると考え、このたび研究会として応募した結果、採択されるに至った。
以下、本研究会のめざしてきたこととともに、これに併せて今回の発題者の立ち位置を記しておく。@新聞を基礎データとすることで、文化人や芸術家個人に集中するのではなく、読者を含めた、時代と地域に根ざした文化の流動する様を捉えること。学校や劇場、あるいは新聞紙上といった大衆の集う場に焦点をあてることで、様々な人的交流の様を浮き上がらせることができる(→主に杣谷英紀の報告)。A神戸を文化の流動の結節点として捉えることで、全国的な文化の流れに関西を位置づけること。関東大震災によって、関東の文学者・画家・演劇関係者など、さまざまな人材が神戸へ流れ込んだ。彼らの多くは、やがて関東に戻り、神戸の文化が今度は東へ逆流することになる(→主に島村健司・高木彬の報告)。B「阪神間文化=モダニズム」という固定した捉え方の枠を取り払うこと。新開地を中心とした劇場や
映画館、演芸場などの情報を網羅した「演芸たより」をデータとして活用することで、大衆文化から神戸の文化を捉えなおすことができる(→主に永井敦子・高木彬の報告)。Cメディアの読者への直接的な影響力を計測すること。『神戸附録』は地方版であるが故に、読者に対する働きかけが多く見られた。このような発信が神戸文化の土壌をつくることになった(→主に永井敦子の報告)。以上の四点を鍵に神戸文化について発題することで、関西支部の野心的な連続企画「《異(い)》なる関西」に新たな視座を提起できればと考えている。

結節点としての労働学校・関西学院
杣谷 英紀

一九二〇年代の『大阪朝日新聞神戸附録』を読むと、さまざまな労働組合の動きが詳しく読み取れる。一九二一年の川崎三菱造船所争議以降、総同盟の分裂など、二〇年代は神戸の労働組合運動が混迷を極めた時代であった。『神戸附録』一九二三年四月一〇日には、「労働学校 神戸聯合会に於て」という見出しが掲げられ、翌年の三月一二日には、「労働者の夜学校 労働文化協会の新事業」という見出しがみえる。前者は総同盟による労働学校の告知であり、講師として山名義鶴、松澤兼人、新明正道、村島帰之などの名前が挙がっている。後者の労働学校は久留弘三の労働文化協会を経営母体としたもので、河上丈太郎や井上増吉、村島帰之等が講師として名を連ねた。
両労働学校の講師には関西学院と関係の深い人物が多くいることに注目すべきであろう。本発表では、労働学校お
よび関西学院と神戸の文化活動との接点に光を当てたい。

一九二〇年代半ばの『神戸附録』映画情報――新聞連載小説の映画化を中心に――
永井 敦子

一九二〇年代の神戸の映画館は新開地が中心となり、洋画専門の朝日館とキネマ倶楽部、錦座、菊水館など様々な映画館で賑わいを見せていた。各映画館の情報は、『神戸附録』の「演芸たより」欄で確認することが出来、他に「映画界」「映画雑録」欄などもあり、映画鑑賞へと読者を誘う紙面になっている。その中でも特に、大阪朝日新聞と映画の関わりを強調しているのが、本紙連載小説の映画化に関する記事である。上映館の広告を見ると、本紙連載であることが明記され、さらに紹介記事では、新聞購読者に優待券を出すサービスが強調されている。中でも、一九二五年上映の「大地は微笑む」(日活・松竹・東亜キネマ競作)や「人間」(日活)は、一九二三年の大阪朝日新聞懸賞に当選、推薦となり連載されたことから、繰り返し紙面に取り上げられ、広告や宣伝にも更なる工夫が施された。『神戸附録』と映画館が一体となって、読者に映画鑑賞を呼び掛ける様相を跡付けたい。

「理想住宅」と「煌ける城」――一九二〇年代・神戸の建築空間をめぐって――
高木 彬

一九二〇年代に内務省が主導したプラグマティックな都市政策(耐火・衛生)は、神戸という土地へ馴化する過程で、ある「理想」を胚胎していく。その様相を『大阪朝日新聞神戸附録』紙上で追いたい。たとえば、御影に設計事務所を構えた西村伊作や、阪神急行電鉄の沿線を宅地開発した小林一三は、阪神間の富裕層をクライアントとすることで「理想住宅」を実現した。郊外で培養されたプライベートな「理想」。それはやがて神戸の都心部において縮小再生産され、全国の住宅改良運動や田園都市開発のモデルとして散布される。このように、都市の工学的基盤はイメージ形成のプラットフォームとなる一方で、そのイメージによってモディフィケートされる。とすれば、神戸近郊(「再度山」「六甲村」「緑ケ岳」)への住まい(「西洋館」)探しの顛末を語った稲垣足穂の「煌ける城」(一九二五・一)は、その内部に穿たれた間の質感を露にしたテクストとして読めるだろう。

前衛芸術と郷土芸術――神戸一九二〇年代文学の後景――
島村 健司

本報告における領分の大枠は、文学と美術のかかわりを検討することである。具体的には、たとえば、稲垣足穂「星を売る店」(一九二三)の冒頭部で描かれるような前衛芸術を踏まえた小説表現の背後に考えられる当時の神戸の状況について、『大阪朝日新聞神戸附録』を手がかりに検討する。一九二〇年代はじめの神戸では、とくに絵画の分野において前衛芸術の息吹が感じられはじめる。それが明らかな広がりをみせたのは、一九二三年に第八回を迎え、「神戸の帝展」ともされた「神戸美術展覧会」であった。「未来派」や「表現派」といった術語で批評された作品の数々を掲示したこの展覧会は開期が延長され、人気を博したようすがうかがえる。このような当時の神戸の動向を前提にしつつ、しかし、前衛芸術を単に前衛芸術として受容することとは別に、郷土芸術として包摂しようとする一面も確認できる。このような側面を明らかにしてみることが本報告の中心になる。

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