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2016年度関西支部秋季大会 自由研究発表募集のお知らせ

2016/06/05 09:34
日本近代文学関西支部では、2016年度秋季大会での自由研究発表を募集いたします。支部会委員の皆さまの積極的な応募をお待ち申し上げます。

日時会場  2016年10月29日(土)/於 甲南女子大学

応募締切  2016年7月15日(金)必着

応募要領  
 発表題目及び600字程度の要旨を封書でお送りください。
 必ず連絡先(電話番号、メール・アドレスなど)も明記してください。

発表時間は30分程度です。
採否については、運営委員会で決定次第お知らせいたします。

※発表に関してご不明の点は事務局までおたずねください。
(お問い合わせ先:kinji@mukogawa-u.ac.jp)

送付先
       〒663-8558 
       兵庫県西宮市池開町6-46 
       武庫川女子大学文学部 山本欣司研究室内 
       日本近代文学会関西支部事務局
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会報23号

2016/05/23 02:48
2016年5月1日付で日本近代文学会関西支部会報を発行しました。

こちらからPDFデータでご覧いただけます。  >>会報23号

*本文データの容量が大きいので、ダウンロードに時間がかかる場合があります。
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2016年 日本近代文学会関西支部春期大会 連続企画第二回趣旨・発表要旨・講演者プロフィール

2016/04/29 21:36
連続企画
「《異(い)》なる関西─1920・30年代を中心として─」

第二回「根(ルーツ)を問う」

趣旨文

 連続企画第二回では、人々の出自や故郷が持つ記憶=「根」と、関西との関係を、文学から問いたい。
 関西の特定の地域で生まれた、という出自の問題は、時に人々を差別や暴力にさらし、 人々に「根」との対峙を強いてきた。企画の一つの軸は、抗いがたい運命のようにつきまとう、この「根」の問題と葛藤する方法を、文学、あるいは文字表現はいかに用意したのか、あるいはその葛藤をどのように表現してきたのかを考えることにある。
 また、関西には、生まれた場所から離れ流入してきた人々が集い、自分たちの生きる場所を作り上げた、そのような空間が散在している。自らを〈異〉なる者として規定する視線にさらされながら、そこにいる人々は、文学によって、どのように自分たちの場所を確保したのか。この問いが、もう一つの軸となっている。それは言い換えれば、「根」から切り離された空間において共同性を確保する、という営為と、文学がいかに関与したのかを問うことでもある。
以上の問題を、「《異》なる関西」という標題で括る暴力性そのものを再検証しうるような議論の場としつつ、場所と人とに積層する記憶を掘り起こし、そこで生じた文学と、人々の生のあり方を凝視すること。このような狙いから、連続企画第二回を開催したい。

発表要旨

 金達寿における関西
 ―〈神功皇后の三韓征伐〉と「行基の時代」

廣瀬 陽一

 在日朝鮮人作家でのち古代史研究家となった金達寿(一九二〇〜九七)は、一九三〇年に渡日して以後、神奈川県や東京都内で暮らし、関西に生活の根を下ろすことはなかった。だが彼の知的活動に目を転じると、関西ほど関係の深い地域はない。彼と関西との出会いは小学五年生の時に授業で教えられた〈神功皇后の三韓征伐〉に遡る。多くの朝鮮人と同様、当時の彼も民族的劣等感を抱いて苦悩したが、やがてこの劣等感が客観的事実ではなく、植民地生活の中で〈三韓征伐〉的発想を内面化した結果と認識するようになった。そこで彼は日本の敗戦=解放後、まず文学活動を通じて自分の内なる〈関西〉と闘争した。そして七〇年頃から徐々に活動の舞台を古代史に移し、そこでも〈三韓征伐〉などで表現された日本と朝鮮、日本人と朝鮮人との関係を、いかにして人間的なものにするかを探究した。彼の最後の小説「行基の時代」(七八〜八一)は、その可能性を追究した果てに書かれたものに他ならない。
 このように関西は、金達寿にとって知的活動の原点であると同時に、文学活動の終着点となった場所でもある。むろん両者の間で〈関西〉が意味するものは異なる。原点としての〈関西〉は〈三韓征伐〉的発想の中で表象される権力の中心であり、終着点としての〈関西〉はその中で消されたもう一つの姿である。では彼はいかにしてもう一つの〈関西〉を見出していったのか。本発表ではこの過程に焦点をあてて述べたい。

 織田作之助と川島雄三
酒井 隆史

 作家織田作之助と映画監督川島雄三についてお話をさせていただきたいとおもいます。この二人は、関西と東北という出身地の大きな違いにもかかわらず、みじかいあいだとはいえ、深いまじわりを交わし、たがいの創作、とりわけ川島雄三の映像作品に消しがたい刻印をもたらしました。大谷晃一さんは、この二人についてみごとな評を残しています。「川島は大正七年に、青森県の下北半島にある田名部(たなぶ)町の商家に生まれた。現、むつ市。先祖は近江商人という。幼時に小児麻痺をわずらい、足が不自由だった。深刻なコンプレックスを内に秘めながら、表面はむしろ陽気で軽佻だった。寂しがりやの照れ屋である。人のことを気にして調子を合わせた。昔気質の人情家で、古風な立身出世への憧れがあった。自虐的な汚らしさの中に、人の悲しみを表現しようとした。驚くべきことである。それは、作之助そっくりだった。たちまち、心の通じ合う友人になる」。このような人間的共鳴をきっかけにして、織田作之助の死後、川島雄三は、みずからに織田作之助のもたらした刻印とはなんだったのかを測定するかのように、いくつかのこの作家に由来する大阪を舞台にした作品を撮影しつづけます。それを追っていきながら、ここでは、川島雄三によって折りひらかれた織田作之助の大阪について考えてみたいとおもいます。

講演
 『京都』について

黒川 創

プロフィール
 作家・評論家。一九六一年生まれ。京都市出身。同志社大学文学部卒業。「思想の科学」を舞台に評論活動を展開するとともに、一九九一年「若冲の眼」で小説家としてデビュー。以後『もどろき』(二〇〇一)、『イカロスの森』(二〇〇二)、『明るい夜』(二〇〇五)、『かもめの日』(二〇〇八 読売文学賞受賞)、『いつか、この世界で起こっていたこと』(二〇一二)、『暗殺者たち』(二〇一三)などの小説を次々に発表。芥川賞、三島賞等の候補にも数次にわたり推挙される。
 小説の他、『〈外地〉の日本語文学選』全三巻(一九九六)、『鴎外と漱石のあいだで―日本語の文学が生まれる場所』(二〇一五)など外地文学に関する精力的な評論・創作活動を展開し、東アジア全域を視野に入れた日本語文学史の再検討を試みている。また『きれいな風貌 西村伊作伝』(二〇一一)や、大逆事件を扱った『国境〔完全版〕』(二〇一三 伊藤整文学賞受賞)など、関西の文化風土に対する著作も多数発表している。

今回は京都の被差別部落を舞台とした小説『京都』(二〇一四 毎日出版文化賞受賞)を中心に、「《異》なる関西」の相貌についてご講演いただく予定である。
◆『京都』(二〇一四年一〇月三一日 新潮社 一九四四円+税) ISBN: 978-4-10-444407-6
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2016年 日本近代文学会関西支部春期大会ご案内

2016/04/29 21:09
日時:六月四日(土)午後一時より
場所:花園大学 無聖館ホール五階
    →交通アクセスキャンパスマップ


内容
開会の辞:花園大学文学部長  松田 隆行
             
連続企画
「《異(い)》なる関西─1920・30年代を中心として─」
第二回「根(ルーツ)を問う」(今回の趣旨と発表要旨はこちら)
         
趣旨説明、司会
     天野知幸
     福岡弘彬

発表
金達寿における関西―〈神功皇后の三韓征伐〉と「行基の時代」
                      廣瀬 陽一
織田作之助と川島雄三
                      酒井 隆史
講演
『京都』について
                      黒川 創

質疑応答

閉会の辞:支部長       浅子 逸男
総会

※ 総会終了後、花園大学「ふるーる」にて懇親会を開催します。
会費は五〇〇〇円(学生・院生三〇〇〇円)の予定です。
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2016年度秋季大会・連続企画の募集案内

2016/02/22 21:24
連続企画(第3回) シンポジウム 「《異(い)》なる関西─1920・30年代を中心として─」

すでに総会・「会報」等で予告しておりますように、標記連続企画の第3回は、下記の趣旨に基づいた企画案を会員から募集しています。
2016年4月15日(金)を締切としていますので、企画趣旨、発表者、論題等の概要を添え、事務局宛にメールまたは郵送(締切必着)でお申し込みください。

趣旨
本企画は、関西の文芸文化の中でこれまで必ずしも光が当てられてこなかった対象――人・風土・メディアなど――を新たに考察・評価する試みである。ただ、本企画は、埋もれた対象の発掘作業に終始するものではない。その狙いには、自らの居るこの「関西」という場所自体を批評的に問い直し、既成の史的枠組みや知識で捉えられてきた関西における文芸文化の姿をも再考することを含んでいる。これまでの認識に揺さぶりをかけるような「《異(い)》なる関西」を探求することで、新しい文学観や地勢図が開かれるかもしれない。
 その検討に際し、ひとまず中心とするのは、1920・30年代である。この時期、大規模な経済的、社会的変動を背景としてモダン文化が勃興したことはよく知られているが、関西ではどのような動きがあったのだろうか。たとえば、佐藤春夫や稲垣足穂と関係の深い神戸の詩人、石野重道。彼はどのようなメディアに自身の作品を発表し、また、いかなるネットワークの中で活動していたのか。そして、彼(とその周囲の表現者たち)を創作へと駆り立てたエネルギーとは、いかなる強度と広がりを持つものであったのか。――一つの事象を核として明らかにされていく、まだ知られていない関西文芸文化の側面は、他にも多くあるだろう。
また、この時代の前後に、その検討対象を準備/継承/更新したものがあるのならば、それも議論の範囲に含めてもよいだろう。「関西」を軸に、既成の枠組みを問い直すダイナミズムやドラマを掬い上げることで、「関西」自体が内と外との双方に対して、その《異(い)》なる相貌を現すことを企図している。
支部内外からの様々なアプローチによって、新しい知見が議論を通して得られることを期待している。
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会報22号発行

2015/11/21 10:54
2015年10月1日付で日本近代文学会関西支部会報を発行しました。

こちらからPDFデータでご覧いただけます。  >>会報22号

*本文データの容量が大きいので、ダウンロードに時間がかかる場合があります。
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2015年 日本近代文学会関西支部秋季大会 シンポジウム趣旨・発表要旨

2015/09/22 11:21
連続企画(第一回) シンポジウム 「《異(い)》なる関西─1920・30年代を中心として─」

趣旨
 本企画は、関西の文芸文化の中でこれまで必ずしも光が当てられてこなかった対象――人・風土・メディアなど――を新たに考察・評価する試みである。ただ、本企画は、埋もれた対象の発掘作業に終始するものではない。その狙いには、自らの居るこの「関西」という場所自体を批評的に問い直し、既成の史的枠組みや知識で捉えられてきた関西における文芸文化の姿をも再考することを含んでいる。これまでの認識に揺さぶりをかけるような「《異(い)》なる関西」を探求することで、新しい文学観や地勢図が開かれるかもしれない。
 その検討に際し、ひとまず中心とするのは、1920・30年代である。この時期、大規模な経済的、社会的変動を背景としてモダン文化が勃興したことはよく知られているが、関西ではどのような動きがあったのだろうか。たとえば、佐藤春夫や稲垣足穂と関係の深い神戸の詩人、石野重道。彼はどのようなメディアに自身の作品を発表し、また、いかなるネットワークの中で活動していたのか。そして、彼(とその周囲の表現者たち)を創作へと駆り立てたエネルギーとは、いかなる強度と広がりを持つものであったのか。――一つの事象を核として明らかにされていく、まだ知られていない関西文芸文化の側面は、他にも多くあるだろう。
また、この時代の前後に、その検討対象を準備/継承/更新したものがあるのならば、それも議論の範囲に含めてもよいだろう。「関西」を軸に、既成の枠組みを問い直すダイナミズムやドラマを掬い上げることで、「関西」自体が内と外との双方に対して、その《異(い)》なる相貌を現すことを企図している。
支部内外からの様々なアプローチによって、新しい知見が議論を通して得られることを期待している。

発表要旨

一九二〇年代〜三〇年代の大阪文化・文学研究―『大阪時事新報〈文芸欄〉』を視座として―
増田 周子

大阪市は、大正一四(一九二五)年四月一日、東西南北の四区に周辺地域を合併し、東京市を抜き、世界第六、日本第一の巨大都市となった。「大大阪」時代の到来である。大正一二(一九二三)年の関東大震災で東京が大打撃を受け、谷崎潤一郎ら有力作家が関西に移住し、関西にとっては文化発展の絶好のチャンスであった。「大大阪」時代前後は、カフェサロンに集まった人々が担った文化活動も発展し、活気づいた大阪の様子が見られ華やかである。一方、昭和金融恐慌の時期とも重なり、失業者も増え、厳しい面も見られる。すなわち、モダニズム文学の隆盛の一方で、社会主義文学も発展していく状況下なのである。これら、「大大阪」時代周辺の大阪文化や文学―人・風土・メディア─とはどのようなものであり、作家達を創作へと駆り立てたエネルギーとは、いかなる文化強度に支えられていたのであろうか。本発表では、これまでほとんど取り上げられてこなかった『大阪時事新報〈文芸欄〉』をもとに、その他のメディアでの文化活動も視野に入れ、広く大阪文化やメディア作家を見渡し、興味深い点を拾い上げて考察していきたい。当時の大阪文化を見直すことで「《異》なる関西」の諸相を探求することを目的とする。

昭和初期・神戸の文学青年、及川英雄――文学における中央と地方
大東 和重

近代日本において「文壇」と呼ばれるものは東京にあった。しかし地方都市にも、規模は異なるが文学愛好者たちのつながりがあり、文学活動が行われていた。ことに高等教育機関の整備が進み、同人雑誌が盛んに刊行される一九二〇年代以降、中央からの刺激を受けつつ、各地で無数の文学青年たちが活動した。
本報告では、昭和初期の神戸で、公務員として働く傍ら文学への情熱を燃やし、東京の雑誌や同人雑誌にも関わった、及川英雄(一九〇七─七五年)の活動の輪郭を描きつつ、関西の港町にあって創作することの意味を考えてみたい。及川英雄は関西学院大学神学部を中退後、同人雑誌などで文筆活動に励むも、一貫して神戸に住み、衛生・福祉行政を中心に県庁勤務を四十年間続けた。戦後は神戸の文化人サークル「半どんの会」の世話役として兵庫文化界の中心人物の一人となった。
昭和初期の神戸の文学については、林喜芳『神戸文芸雑兵物語』や足立巻一『親友記』など当事者の回想以外に、宮崎修二朗の労作『神戸文学史夜話』、高橋輝次の『関西古本探検』など一連の古本エッセイ、さらに詩人の季村敏夫による、無名であることにこだわった渾身の考証、『山上の蜘蛛』『窓の微風』がある。これら、神戸の詩人や作家たちへの深い愛情と哀悼に満ちた書物に導かれつつ、昭和初期・神戸の文学の一端を、及川を通して眺めてみたい。

熊野新宮─「大逆事件」─春夫から健次へ
辻本 雄一

 紀伊半島の先端近く、ひとつの町・熊野新宮の近代の歩みが、「日本近代」の縮図として映らないか─そんな「大風呂敷」。
 開明的、進取の精神が、反骨の精神と相まって、人々を捉える、そこに「大逆事件」の衝撃。外から訪れてくる人たちによって談論風発した町が、「恐懼せる町」に変貌、ふるさとから上京した人たちは、モダニズムと出合う、「大逆事件」の翳りをどこかで引き摺りながら。佐藤春夫から中上健次へ、「近代の文学」といわれた時代を駆け抜けたこの町出身の文学者たち。
「中上文学」の登場は、あらためて「熊野」と言う場を、普遍的な場として意識させ、内在的に「熊野」の磁場を問いかけることになった。「中上文学」の課題「路地解体」は、わが国の国土解体の象徴では。
 一九二〇―三〇年代というかたちで、絞りきれないかもしれないが、断片的、大まかすぎると自覚しつつ、幾つかのエポックを辿ってみたい。「大風呂敷」に似合わない些末なことに終始するのではないかとの危惧を抱きながら。
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2015年 日本近代文学会関西支部秋季大会ご案内

2015/09/22 11:10
日時:11月7日(土) 午後1時より
場所:大阪大学豊中キャンパス 文法経講義棟 文41
         → 交通アクセス&キャンパスマップ

内容
開会の辞
   大阪大学大学院文学研究科教授    出原 隆俊

シンポジウム
「《異(い)》なる関西─1920・30年代を中心として─」 
(連続企画第一回;本企画の趣旨と発表要旨はこちら

趣旨説明、司会 
    高木 彬
    山田 哲久

報告
 一九二〇年代〜三〇年代の大阪文化・文学研究―『大阪時事新報〈文芸欄〉』を視座として―
                       増田 周子
 昭和初期・神戸の文学青年、及川英雄―文学における中央と地方
                       大東 和重
 熊野新宮─「大逆事件」─春夫から健次へ
                       辻本 雄一
ディスカッサント  山口 直孝

閉会の辞    
   日本近代文学会関西支部長    浅子 逸男

総会

総会終了後、大阪大学カフェ&レストラン「宙 (sora)」にて懇親会を開催します。
会費は五〇〇〇円(学生・院生三〇〇〇円)の予定です。
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会報22号発行

2015/05/16 23:30
2015年5月1日付で日本近代文学会関西支部会報を発行しました。

こちらからPDFデータでご覧いただけます。  >>会報21号
  *本文データの容量が大きいので、
    ダウンロードに時間がかかる場合があります。
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2015年度 日本近代文学会関西支部春季大会発表要旨

2015/04/26 15:12
自由発表

徳富蘆花「灰燼」と<西郷隆盛>
平石 岳

 西南戦争中からジャーナリズムによって喧伝された西郷隆盛らの戦闘は、錦絵や絵本によって物語化され、西郷の死後も「西郷星」や生存説が度々噂になり、正三位も追贈された。このような〈西郷隆盛〉の世論人気と社会的復権は、明治三一年の上野公園西郷隆盛像に結実することになった。しかし、犬を連れた兵児帯姿のこの銅像は、小騒動を引き起こすことになる。
 本発表では、上野西郷像落成前後の雑誌新聞言説を確認し、その上で徳冨蘆花「灰燼」(明治三三年三月)において、「疫病神」「福神様」と変転する〈西郷〉の評価に注目する。「灰燼」では、西南戦争に西郷側として従軍した上田茂が、家名を楯に自刃を迫られた後、「村の悪感」が上田家に向けられ、その際の「言葉」「囁」は、「幸福な者」「嫌な者」と変転する。それは、作品内での〈西郷〉への評価に重ね合わせられており、「叛逆者」であり「英雄」でもあるという〈西郷〉の二面性が巧みに用いられているのである。
 ベストセラーとなった作品集『自然と人生』の巻頭作としてある程度の評価を得ている「灰燼」ではあるが、本発表では初出の『国民新聞』版を参照する。実兄蘇峰が帝国主義・膨張主義へと「変節」し、強烈な批判を受けながら自説を展開していく『国民新聞』上で、西郷びいきの蘆花が、新聞小説としての「灰燼」をどのように構成していったのか。これまであまり注意されていなかった蘆花のメディア意識と、民友社作家としての文学的営為を探りたい。


『草枕』
     ―オフェリヤの「合掌」を中心に―
原田 のぞみ


 『草枕』におけるJ・E・ミレイ「オフィーリア」(一八五一〜一八五二)の「合掌」については、「漱石は『草枕』のテクストに、ミレーの原画にはなかった祈りの手を作為的に持ちこんだのだろうか。あるいは、ただの記憶の誤りにすぎなかったのだろうか」(前田愛)「画工であるにもかかわらず、そんな不注意をおかす「余」」(中山和子)とも言われてきた。しかし『草枕』での「合掌」は、西洋キリスト教美術におけるオランスの翻訳と思われ、漱石はミレイ「オフィーリア」の原画にある、魂の救済のポーズにも注意を払っていたことが窺える。
 溺死する直前に「合掌」(オランス)して川を流れるミレイ「オフィーリア」に対し、画工は「ミレーはミレー、余は余であるから、余は余の興味を以て、一つ風流な土左衛門をかいて見たい」として、苦しみなく楽しげに「往生」する那美を画題に選ぶ。『草枕』では様々な東西の事物が対比されるが、ミレイ「オフィーリア」と画工の構想する画題との間にも、キリスト教的要素と仏教的要素の対比がなされていると思われる。他にも、『草枕』に登場する水死の女性のイメージには「功徳」や「南無阿弥陀仏」など仏教的な救いのイメージが絡み合っており、「ただ美しい感じが読者の頭に残りさえすればよい」として書かれた『草枕』ではあるが、その背後には、漱石の無意識や強迫観念のなかにある生死観のテーマも潜んでいるのではないかと推測される。


「文章世界」の小説指導
     ―田山花袋編『二十二篇』に見るその傾向―
山本 歩


 本発表は、田山花袋研究からの展開として、博文館投書雑誌「文章世界」における小説の指導形態について考察するものである。とりわけ、明治四十三年一月に花袋選として刊行された、投書傑作選『二十二篇』を中心に論じたい。
 『二十二篇』には、水野仙子をはじめとして「文章世界」常連投書家、計十三名二十二作品が収録された。元より、「文章世界」上で花袋が選者をしていた「懸賞小説」欄の受賞作を選りすぐったものだ。すなわち、花袋の求める文学青年像に基づき選抜されている。作品は、@ローカルな事象の「観察」「描写」、A生活の倦みや寂寞を主題とする、B感傷の排除、という事項を含有しており、そこに花袋が育成しようとした作家像が見てとれる。
 花袋の小説選評は、彼自身の主張の変遷と、本質的な趣味に左右されながらも、投書家に一定の傾向を強いることとなった。彼ら彼女らの〈書く〉行為に、自己慰藉以上の意義を与える一方で、それは作品内容を限定していくこととなる。一方、その指導の絶対性を支えたのは、作家が「先生」すなわち教育者として見做されたことだろう。小説の創作法を矯正し、折々には地方に生活する彼ら彼女らの生を肯定する、そのような言説にこそ、「文章世界」の誘引力はあったと思われる。
 誌上の言説は、編集者前田晁をして「主義の宣伝と使徒の養成」と言わしめた。その意義と弊害を具体化するとともに、埋もれていった「投書家」たちの存在を明らかにもしていきたい。
(『二十二篇』は現在、国立国会図書館ウェブサイト「近代デジタルライブラリー」から閲覧が可能である。)


太宰治「きりぎりす」の一考察
     ―「背骨にしま」われた「私」の葛藤―
山田 佳奈


 太宰治「きりぎりす」は、昭和十五(一九四〇)年十一月一日発行の「新潮」に発表された。「おわかれ致します。」の一文で始まるこの小説は、画家で夫の「あなた」との結婚生活を振り返る「私」の、女性一人称語りで描かれている。中でも「私」が、「小さいきりぎりす」を「背骨にしまって生きて行こう」とする最後の場面は印象深い。
 「きりぎりす」は、同時代から現在まで、〈俗〉と〈反俗〉をめぐって議論がなされ、「私」は常に〈反俗〉の役割を担ってきた。本発表ではこの構図を打ち破るべく、〈読者〉を問題視する。具体的には、@太宰らしき人物を視点人物とする癖、A男性中心主義に基づいて読む癖、読者のこれらの癖が、「あなた」の視点で語りを読解する原因になっていることを述べる。しかし、「きりぎりす」が女性一人称語りである以上、「私」の語りは、本来「私」の視点から捉えるべきである。こうした観点から語りを検討すると、存在意義を認めてほしい思いと、自立が難しい現実との間に生じた「私」の葛藤が明らかになる。「私」はこの葛藤を「背骨にしまっ」た。つまり、語りの目的は「私」の気持ちの整理にあり、決して〈反俗〉にあるのではない。
 本発表では、この読みを丁寧な分析のもとに実証し、「きりぎりす」の新解釈だけでなく、自らの先入観に無自覚な読者を明らかにする。これらの指摘は、太宰の女性語り作品を読む際の陥穽に言及することにもなると考えている。


中島敦《南島譚》考
     ―〈病〉と〈南洋〉―
杉岡 歩美


 中島敦は自身の〈南洋行〉体験(昭和十六年六月〜昭和十七年三月)のあと、昭和十七年十二月に〈南洋もの〉として《南島譚》との総題のもとで「幸福」「夫婦」「鶏」の三篇を発表している。
 本発表では、まず、当時の〈南洋〉における〈幸福〉概念が、近代的「教育」と近代的「医学」によって、その「原始的なる」生活を改善すること、つまり「島民教化」に結びついていた点を明らかにする。たとえば、後に中島自身も編纂に関わった「南洋群島国語読本」の第二次編纂根本方針にも「一に国語を学習することによつて、島民の幸福を増進することを第一義と致しました」と明記される。また、矢内原忠雄『南洋群島の研究』には、「日本時代に於ては、医療機関の増加は普通教育機関の増加と相併ぶ二大文化的施設」とある。ここから南洋庁が、「教育」と並ぶ「島民教化」の方法として「医療」を重視した方針が見受けられよう。
 そのうえで、中島の「幸福」「夫婦」「鶏」の三篇に〈病〉というキーワードが共通していると指摘したい。「幸福」には「文化」のもたらした「悪い病」に罹った「男」が、「夫婦」には「悪い病のために鼻が半分落ちかかつてゐたが、大変広い芋田を持つた・村で二番目の物持」である「男」が、「鶏」には「喉頭癌とか喉頭結核とか」に罹った「マルクープ老人」が描かれる。これらの〈病〉の描かれ方を通して、中島が〈南洋〉での〈幸福〉をどのように作品に入れ込んだのか、考察を深めていきたい。
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2015年度 日本近代文学会関西支部春季大会ご案内

2015/04/26 14:58
※発表要旨>>こちら


日時: 2015年6月6日(土) 13時00分から18時00分
会場: 武庫川女子大学中央キャンパス 文学部2号館・L2−11教室


内容:     
・開会の辞   
武庫川女子大学 文学部長 玉井 ワ

自由発表

・徳富蘆花「灰燼」と<西郷隆盛>

平石 岳(同志社大学大学院生)


・『草枕』
   ―オフェリヤの「合掌」を中心に―

原田 のぞみ(近畿大学研修員)



・「文章世界」の小説指導
   ―田山花袋編『二十二篇』に見るその傾向―

山本 歩(関西学院大学大学院生)



・太宰治「きりぎりす」の一考察
   ―「背骨にしま」われた「私」の葛藤―

山田 佳奈(武庫川女子大学大学院生)


・中島敦《南島譚》考
   ―<病>と<南洋>―

杉岡 歩美(花園大学非常勤講師)



・閉会の辞   
日本近代文学会関西支部長 花園大学 浅子 逸男

・総会

-------------------------------------------
※総会終了後、武庫川女子大学公江記念講堂地下食堂「アゼリア」にて懇親会を開催します。
  会費は五〇〇〇円(学生・院生三〇〇〇円)の予定です。

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会報20号発行

2014/11/09 23:53
2014年10月1日付で日本近代文学会関西支部会報を発行しました。

こちらからPDFデータでご覧いただけます。  >>会報20号
  *本文データの容量が大きいので、
    ダウンロードに時間がかかる場合があります。
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2015年度 関西支部春季大会 研究発表募集のお知らせ

2014/11/02 00:15
日本近代文学関西支部では、2015年度春季大会での自由研究発表を募集いたします。
支部会委員の皆さまの積極的な応募をお待ち申し上げます。

日時会場  2015年6月6日(土)/於 武庫川女子大学

募集人数  3〜4名

応募締切  2015年2月20日(金)必着

応募要領  発表題目及び600字程度の要旨を封書でお送りください。
        必ず連絡先(電話番号・メールアドレス等)も明記してください。

○発表時間は30分程度です。
○採否については、運営委員会で決定次第お知らせいたします。
発表に関してご不明の点は事務局までおたずねください。

送付先
       〒631-8502 
       奈良市山陵町1500 
       奈良大学 木田隆文研究室内 
       日本近代文学会関西支部事務局
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2014年度 日本近代文学会関西支部秋季大会ご案内

2014/10/04 17:43
※本企画の趣旨>> こちら
※本企画の発表要旨>> こちら


日時: 2014年11月1日(土) 13時00分から18時15分
会場: 京都教育大学F棟 大講義室2
       → 交通アクセス & キャンパスマップ>> こちら

内容:      
・開会の辞   
京都教育大学 学長 位藤紀美子


自由発表
・有島武郎「一房の葡萄」の言説空間
 ―大正十一年という磁場―
小橋玲治(甲南高等学校非常勤)


・『半七捕物帳』の異動について
浅子逸男(花園大学)



連続企画(第四回)
シンポジウム「文学研究における〈作家/作者〉とは何か」
小特集「教室の中の〈作家/作者〉

趣旨説明・司会/山田哲久・和田崇


・「古典」との橋渡し役としての「近代以降の代表的な」「作家」
―平成20年版中学校学習指導要領を視点として―
宮薗美佳(常磐会学園大学)

        
・話者の判断の表れた言葉に着目して「高瀬舟」(森鴎外)を読む
寺田守(京都教育大学)


・村上春樹作品の教材化と、「とんがり焼きの盛衰」をめぐって
清水良典(愛知淑徳大学)


・閉会の辞   
日本近代文学会関西支部長 支部長 大橋 毅彦



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※総会終了後、京都教育大学食堂にて懇親会を開催します。
会費は五〇〇〇円(学生・院生三〇〇〇円)の予定です。
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2014年度 日本近代文学会関西支部秋季大会発表要旨

2014/10/04 17:32
自由発表
有島武郎「一房の葡萄」の言説空間
   ―大正十一年という磁場―
小橋 玲治


 有島武郎「一房の葡萄」では女性教師が主要人物として登場する。山田昭夫が「まったく非の打ちどころがない」と述べるなど、この教師には従来高い評価がなされてきた。だが、そもそも「女性教師」という存在を肯定的に描くということ自体稀なことであった。結婚できない存在にすぎないという否定的なイメージが女性教師を描くに際し横行していた中で、有島が「一房の葡萄」で提示した女性教師表象は、それが外国人であるということを鑑みたとしても、特異なものである。先行研究では、女性教師の「愛の力」と「白い美しい手」は自明視されてきたが、そのように描かれること自体が当時にあっては新しいことだったのである。
 ほぼ同時期に女性教師への社会からの目を一変させる事件が現実に起こる。「一房の葡萄」は『赤い鳥』第五巻第二號(大正九年八月)に掲載され、書籍として刊行されたのはその二年後、大正十一年六月であった。翌月、小野さつきという一人の女性教師の死が世間を賑わせた。彼女は川で溺れた生徒らを助けようとして亡くなったのだが、その死はその後一種の「メディア・イベント」に発展した。と同時に、彼女の文字通りの決死の行動は、教師の鑑として称賛されたのである。本発表では、奇しくも大正十一年という同じ年に現れた二つの「理想的な」女性教師像を取り上げる。女性教師イメージが現実に転換していく中で、「一房の葡萄」をその動きに先行する作品として捉え、女性教師を語る当時の言説空間において本作が果たした役割について考察したい。


『半七捕物帳』の異同について
浅子 逸男


 大正六年から発表された「半七捕物帳」は、昭和十二年まで断続的に雑誌掲載された作品である。最初の七篇が発表されると単行本として刊行されたが、すぐに人気が出たわけではない。翌年「半七捕物帳後篇」六篇が連載されたが、後篇は単行本にはならなかった。
 第一話として発表された「お文の魂」は、『文垂倶楽部』(大正六年一月)に発表されたあと、単行本『半七捕物帳』(大正六年七月)では本文の異同はなし、新作社版(大正十二〜十四年)でわずかな改変を経て、春陽堂版(昭和四年一月)でほぼ現行の本文になった。
 事件は元治元年(一八六四年) のことである。半七の年齢が、初出では「三十前後の痩ぎすの男」として登場したのに、新作社版では「三十二三の痩ぎすの男」となるが、春陽堂版では、「四十二三の痩ぎすの男」と十歳ほど年齢が変えられる。それにしたがうと、初
出および新作社版では半七は天保五年頃(一八三四年前後)の生まれであるが、春陽堂版では文政五年頃(一八二二年前後)の生まれということになる。それにともなって、語り手の私と出会う時期も、初出と新作社版では「私が半七に初めて逢つたのは、それから廿年の後で、恰も日露戦争が終りを告げた頃」(明治三十八年)であったのが、春陽堂版では「私が半七に初めて逢つたのは、それから十年の後で、恰も日清戦争が終りを告げた頃」(明治二十八年)と変更されている。私と出会ったときの半七の年齢を変えずに、出会った時期をさかのぽらせたわけである。
 半七の生年は新作社版までは天保年間で、昭和四年の春陽堂版で文政年間に直され、以降執筆された「半七捕物帳」ではそれにあわされることになった。
 さて、半七の人気が出たのは、新作社の五冊本が出た頃あたりで、そして六代目菊五郎が芝居にかけてからのことでもあった。
 今回の発表は、本文異同についてだが、菊五廊の芝居との関連にも言及していきたいと考えている。


連続企画 文学研究における〈作家/作者〉とは何か
    ―第四回―  小特集「教室の中の〈作家/作者〉」


「古典」との橋渡し役としての「近代以降の代表的な」「作家」
  ―平成20年版中学校学習指導要領を視点として―
宮薗 美佳


 「教室における(作家/作者)」を考察するにあたり、教科書作成におけるプレテキストでもあり、各校種、各学年の学習内容を定めている学習指導要領での(作家/作者)の捉え方を検討する必要がある。現行の国語科の学習指導要領で「作家」に言及している箇所は、「中学校学習指導要領 第2章 第1節 国語」の「第4章 指導計画の作成と内容の取扱い 3 取り上げる教材についての親点」の「(4)我が国の言語文化に親しむことができるよう, 近代以降の代表的な作家の作品を, いずれかの学年で取り上げること。」である。文部科学省『中学校学習指導要領解説 国語編』(平成20年9月 東洋館出版社)では、「各学年の〔伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項〕(1)アの指導では, 古典を教材として取り扱う。これにつながる, 近代以降の代表的な作家の作品に触れることで, 我が一国の言語文化について一層理解し, これを継承・発展させる態度を育成することをねらいとしている。」と解説される。ここには、近代以前のいわゆる「古典」との橋渡しの役目を、「作家」の名によって特別に担わせることで、「近代以降の代表的な」「作家」を、現代の言語とは分断された言語を用いて創作する、「古典」の「作者」に再配置する戦略がある。以上の観点から中学校国語教科書等を、学習指導要領の運用形態として検討することにより、現行学習指導要領下の国語教育における<作家/作者>像を考察する。


話者の判断の表れた言葉に着目して「高瀬舟」(森鴎外)を読む
寺田 守


 文学作品を通して読者が作家と出会う素朴な形として、同じ作家の複数の作品を続けて読むことが挙げられるだろう。いくつかの作品に繰り返し描かれる言葉、考え方、人物像、問題、舞台などの共通点に気づく時、私たちは作家の個性や好み、問題意識といったものを感じ取ることができる。例えば森鴎外の「高瀬舟」を読む私たちは、近世を舞台とした物語には馴染まない「オオトリテエ」という言葉に違和感を覚えるが、他の作品を続けて読んでみると、頻出するドイツ語や英語、漢語などの単語語から、描こうとする事象にしっくりと当てはまる適切な言葉を求めようとする鴎外の個性を感じることになる。
 教室でこのような素朴な形の作家との出会いは、カリキュラム上必ずしも準備されているとはいえない。一つの作品を読むことで作家と出会うという少し不自然な形をとることになる。例えば説話文学を読むときには「上人の感涙いたづらになりにけり」といった文の「いたづらに」といった評価語に着目することができる。
 近現代の文学は「うれしい」 ことを「うれしい」という言葉を用いずに描く表現が優れていると考えられ、評価語に着目する観点だけでは十分とはいえない。そこで会話分析の手法を用いて、特にモダリティや話者の判断を表す言葉に着目することで、語り手や登場人物の考え方に出会う読み方を探っていきたい。


村上春樹作品の教材化と、「とんがり焼の盛衰」をめぐつて
清水 良典


 筆者は筑摩書房の高等学校国語教科書編集委員を務めている。担当した教科書に、一冊本の「国語総合」があるのだが、そこに小説教材として村上春樹の短編「とんがり焼の盛衰」が収録されている。これを話題にすることで、本企画への問題提起の足がかりとしたい。
 村上春樹は教科書に多く採択されている作家である。「沈黙」「鏡」「青が消える」「七番目の男」「レキシントンの幽霊」などが採られ、中学校の教科書でも「バースデイ・ガール」が採択されている。これらの作品の共通点を挙げると、ミステリアスな物語であり、かつその原因やー異相が明かされていない、という点である。その結果、解釈が具体から抽象まで多様に開かれている。そこに教材としての扱いやすさと難しさがある。つまり自由に議論しあえる半面、正確な読みから導かれる妥当な解釈を、教師が提供できないのである。
 それに対して「とんがり焼の盛衰」は、集散的なファンタジーの背後に、作者の自己解説によれば、既成文士に対する皮内な観察が織り込まれている作品である。それに従うなら、芥川賞レースに巻き込まれたあげく嫌な思いをした村上が、今後は自分の好きなように書いていく決心をするに至るプロセスが読み取れる。しかし、そのような<作者>性と無縁に読むことも、もちろん可能である。物語自体のオープンな抽象性と、背景に作者の経歴につながる具体的モチーフの双面性を持つこの作品は、果たして教室でどう読まれるべきだろうか。文学と教材のあいだに横たわる諸問題を、それを入口に議論していきたい。
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2014年度 関西支部秋季大会小特集企画趣旨

2014/10/04 17:03
【小特集企画】教室の中の〈作家/作者〉


趣旨

 関西支部では二〇一三年より連続企画として、「文学研究における<作家/作者>とは何か」について議論を重ねてきたが、このテーマと隣接する問題として最後に考えたいのは、教室のなかで<作家/作者>がどのように扱われているかである。
 テクスト論以降の文学研究においては、<作家/作者> の問い直しがされて久しい。では、現在の中・高の国語の授業では、一体どのように<作家/作者>が扱われているのだろう。たとえば、文学教材を<作家/作者>が発信したメッセージと捉え、「作者の言いたいこと」を正確に読み取るという学習課題は、現在も設定されているのだろうか。一方、「言語活動の充実」が『学習指導要領』にうたわれる中で、文学教材をオープン・エンドな形で話し合う議論の材料=場と意味づけた授業もあるだろう。この教室には、もはや<作家/作者>は存在しないのではないかとの思いも浮かぶ。
 また、本企画では、文学研究と国語教育の差異や連続性にも目を向けたい。そこでは、解釈の多様性という文学研究が目指してきた方法論と、国語教育における「正解到達主義批判」や「読者論」の影響を視野に収めた議論が必要となるだろう。
 教室における<作家/作者>の扱われ方とそれを取り囲むイデオロギーの問題は、<作家/作者>の神話性について考える上でも重要な示唆を与えてくれるはずである。そうした問題も踏まえて、<作家/作者>をめぐって議論してきた本連続企画をまとめてみたい。



 近年、文学研究の場と中・高の教育現場との距離が遠くなったように感じられる。国語教育に文学教材が用いられている以上、両者は隣接しているはずで、文学研究者は教科書編集や指導書の執筆という形で協力を続けている。だが、両者の対話は現在どれくらいなされているのだろう。関西支部では本特集を発端として、大学の研究と中・高の教育との差異を再確認しつつ、両者が応答し合うことにより、関係の再構築をめざしていきたい。
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事務局の移転

2014/06/10 23:13
2016年4月から事務局が移転しました。

〒663-8558
西宮市池開町6-46
武庫川女子大学
山本欣司研究室内

日本近代文学会
関西支部事務局

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お問い合わせは下記にお願いいたします。

kinji [a] mukogawa-u.ac.jp
※[a]を@に読みかえてください。
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2014年度 関西支部秋季大会 研究発表募集のお知らせ

2014/06/09 08:26
日本近代文学関西支部では、2014年度秋季大会での自由研究発表を募集いたします。支部会委員の皆様の積極的な応募をお待ち申し上げます。

日時会場  2014年11月1日(土)/於 京都教育大学

募集人数  2〜3名

応募締切  2014年7月18日(金)必着


応募要領  発表題目及び600字程度の要旨を封書でお送りください。必ず連絡先(電話番号、メールアドレス等)を明記してください。

その他   発表時間は30分程度です。採否については、運営委員会で決定次第お知らせいたします。発表に関してご不明の点は事務局までおたずねください。

送付及び問い合わせ先
   
       〒631-8502 
       奈良市山陵町1500 
       奈良大学 木田隆文研究室内 
       日本近代文学会関西支部事務局
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2014年度 日本近代文学会関西支部春季大会ご案内

2014/04/21 00:24
※本企画の趣旨>>こちら

※本企画の発表要旨>>こちら


日時: 2014年6月7日(土) 13時00分から18時15分
会場: 奈良大学 C棟105教室


内容:     
・開会の辞   
奈良大学 文学部長 真田 信治

自由発表

・空転する「デカデンツ」
 ―昭和一〇−一一年「デカダン論争」の問題圏―

福岡 弘彬(同志社大学大学院生)


・初期日本SFにおける「核」の表象
 ―一九六〇年代半ば〜七〇年代初頭の
                 ショート・ショート作品を中心に―

森下 達(京都大学非常勤)


連続企画(第三回) 「文学研究における〈作家/作者〉とは何か」
司会:小川 直美/信時 哲郎

・TVアニメにおける監督の位置
 ―『まどか☆マギカ』における演出スタイルから―

禧美 智章(立命館大学非常勤)


・「記号としての作者」は死につつあるか?
 ―「実話怪談」系文庫の変遷とホラー作家―

奈良崎 英穂(プール学院大学非常勤)
        

・「分身」としての主人公
 ―さくらももこ作品における〈笑い〉の変容―

山田 夏樹(駒澤大学ほか非常勤)


・閉会の辞   
日本近代文学会関西支部長 関西学院大学  大橋 毅彦

・総会

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※総会終了後、奈良大学食堂にて懇親会を開催します。会費は五〇〇〇円(学生・院生三〇〇〇円)の予定です。


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2014年度 日本近代文学会関西支部春季大会発表要旨

2014/04/21 00:13
発表要旨 自由発表

空転する「デカデンツ」
 ─昭和一〇─一一年「デカダン論争」の問題圏─
福岡 弘彬(同志社大学大学院生)

 昭和一〇年一〇月、保田与重郎は「日本浪曼派」に「主題の積極性について(又は文学の曖昧さ)」を発表する。保田はこの晦渋な芸術論において、自分たちこそがポスト・マルクス主義を担う者であることを、「デカデンツ」の語を用いて表明した。この語を符牒とした一枚岩の「日本浪曼派」を偽装する保田であったが、しかし彼が「僕ら」と想定した共同体内部からも、その外部からも、「デカデンツ」は罅入れられ、壊体されてしまう。同時期文壇において〈デカダンス〉問題が喧しくなる中で、「デカデンツ」は現代の若者の虚無的・頽廃的傾向の問題へと転轍され、ほとんどついに理解されることはなかった。「ほゞ一年の間にデカダン文学といふことは、日本の現文壇人を総動員してあらぬ方に歪められて了つた」(保田与重郎「文芸時評」、「日本浪曼派」昭11・9)――。
 保田与重郎自身「デカダン論争」と呼ぶ右のような事態を復元することが、本発表の狙いである。「主題の積極性について(又は文学の曖昧さ)」を焦点に、保田が「デカデンツ」に込めた意味と戦略を明らかにした上で、「論争」――とは到底呼べぬものであるが――の推移を整理することで、その語の概念化・伝達の失敗を辿る。文壇を空転する「デカデンツ」の軌跡を追いながら、しかし確かにそこに生じていた〈デカダンス〉の新たな可能性を考察したい。


初期日本SFにおける「核」の表象
 ─一九六〇年代半ば〜七〇年代初頭の
                  ショート・ショート作品を中心に─
森下 達(京都大学非常勤)

 本発表では、一九六〇年代半ばから七〇年代にかけて、ジャンル的な成立を果たした後の日本SFに対して、ショート・ショートを中心に検討を加える。問題になるのは、以下の二点である。ひとつ目は、ショート・ショート作品において、核戦争による破滅や放射線被曝による奇形化などのモチーフが、わかりやすい「オチ」としてしばしば用いられたこと。ふたつ目は、同時代における原子力発電事業の拡大を背景に、電力会社のPR誌や、日本原子力文化振興財団の発行する『原子力文化』に発表された諸作品において特に、完全な電化がなされた未来社会が作品の舞台として描かれたことである。結果、被爆/被曝に対する恐怖感が、現実の国際情勢から切り離され、切実さを失っていった一方で、一九四〇〜五〇年代に夢想されていた原子力による理想社会というヴィジョンは、単なる未来の日常として、政治問題化されない形でより広く受け入れられるようになっていった。
 星新一に代表されるSF作家は、ショート・ショートにおいて顕著だが、あざやかな視点の転換による価値の相対化をその中心的な方法論としてきた。初期の日本SFにおける「核」表象を論じることは、SF的な相対化の方法論が、社会的なテーマにいかに関わり得るのか、あるいは、関わることができないのかを考える上での手がかりを与えてくれるだろう。エッセイなども俎上に載せることで、SF作家たちが拠って立つSF観、科学観を問い直し、問題に答えたい。


連続企画 文学研究における〈作家/作者〉とは何か
    ―第三回―  小特集「サブカルチャーと〈作家/作者〉」
 

TVアニメにおける監督の位置
 ―『まどか☆マギカ』における演出スタイルから―
禧美 智章(立命館大学非常勤)

 多数のスタッフの手によって制作されるアニメーションにおいて、〈作家/作者〉あるいは「作家性」の問題はどのように捉えられるべきだろうか。例えば、作品全体を統括する役割を担うのが監督であるが、細分化された制作過程のなかで監督が各制作パートのどこまで関わっているのかが不明瞭であるという問題が存在する。特に、限られた予算と時間のなかで毎週三〇分の作品を制作しなければならないTVアニメの場合、ストーリーに関しては、監督の他に何名もの脚本家やストーリーを統括するシリーズ構成が加わる制作体制、演出に関しても、監督の指示のもと、各話ごとに異なる演出家が担当する制作体制が一般的となっている。
 本発表では、主に二〇一一年に放映された、虚淵玄脚本・新房昭之監督のアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』を取り上げ、その演出のあり方に着目する。本作は、脚本家の虚淵氏が全てのシナリオを担当しているが、インタビュー等でシナリオがキャラクター等の設定に先行して執筆された上で、制作がなされたことが明らかにされている。発表では、同じシナリオを小説化、マンガ化したノベライズ版、コミック版との比較を補助線に、シナリオと映像の比較分析を行う。虚淵氏による脚本を監督である新房氏がいかに映像化しているのか、そのイメージの展開を考察することを通して、TVアニメにおける監督の位置を明らかにし、TVアニメにおける〈作家/作者〉の問題を検討する。

「記号としての作者」は死につつあるか?
 ─「実話怪談」系文庫の変遷とホラー作家─
奈良崎 秀穂(プール学院大学非常勤)

 ここで用いている「記号としての作者」というのは、例えばこの作家の新作が出たらストーリーもなにも知らなくても無条件に買う、といった意味合 いで作用している換喩的な「記号」である。現在一部で支持を得る「実話怪談」系文庫というジャンルは、こうした「記号としての作者」が介在しづら いジャンルなのではないか?
 「実話怪談」系文庫は九〇年代半ば以降、急速に発行点数を伸ばし、一ジャンルを築いた感があるが、それは古い記号性に頼った「中岡俊哉」的なものを否定することによってもたらされたのではなかったか。九三年以降「実話怪談」系文庫は『「超」怖い話』シリーズと稲川淳二を軸に回り始めた。いわば、「中岡俊哉」という記号によって喚起される古き怪談は見捨てられ、無名の一般人=「記号性を持たない作者」という新たな記号による実話怪談が発見されたのである。
 角川ホラー文庫というレーベルは、「記号としての作者」を一方に置き、もう一方に新たに発掘した新人を配して、約二十年に渡りホラー小説界をリードし続けてきた。そこでは新たな「記号としての作者」を生み出しもしたが、また多数の新人を見捨ててもきた。それはおそらく新たなビジネススタイルだったのだろう。取り敢えず多数の新人を発掘するというスタイルは、その後「実話怪談」系文庫にも及び、そこでは作者という記号性が剥奪され、「無名性」が作者に代わる記号として作用する状況を生みだしている。

「分身」としての主人公
―さくらももこ作品における〈笑い〉の変容─
山田 夏樹(駒澤大学ほか非常勤)

 さくらももこ「ちびまる子ちゃん」(「りぼん」一九八六・八〜九六・六。以後不定期掲載)は、一九七四年の静岡県清水市を舞台とする「エッセイ・コミック」として描かれていた。しかしその後、揺れはありながらも、徐々に作者「さくらももこ」と主人公「まる子」は解離し、ノスタルジーを喚起するものではなく、多くの登場人物が戯れる様相を描き出す側面の強い作品に変容していくこととなる。
 九〇年代初頭にブームとなった当時から、実際にはそのようなポストモダン性は指摘されてもいたのであるが、一方で、「まる子」が自身の「分身」「一部」になっていったことも作者によって主張されていく。つまり、登場人物として対象化していく過程と、自身と一体化するように認識していく過程が並行して行われる。そして、そうした一見相反する構図において、本作は単に「エッセイ・コミック」から離れるだけでなく、〈笑い〉の性質も大きく変容させることとなっていく。
 今回、そうした仕組みに注目することにより、作品内に登場する作者、または主人公の機能について改めて考察していきたい。少女マンガという表現形態や、ベストセラーとなった『もものかんづめ』(集英社、一九九一・三)から現在に至るまで描き続けられている一連のエッセイ、また同時代の〈笑い〉などとの関わりについても言及する。

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関西支部の刊行物

『作家/作者とは何か』

『京都近代文学事典』

『兵庫近代文学事典』

『村上春樹と小説の現在』

『海を越えた文学―日韓を軸として』

『文学研究における継承と断絶―関西支部草創期から見返す』

『滋賀近代文学事典』

『近代文学のなかの“関西弁”―語る関西/語られる関西』

『鉄道―関西近代のマトリクス』

『大阪近代文学事典』
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